橘副院長

橘裕紀
(たちばなひろき)
通称:たっちゃん
昭和32年2月11日生まれ
■経歴
| 昭和32年 |
徳島市阿南市に生まれる |
| 昭和57年3月 |
鹿児島大学医学部卒業 |
| 昭和57年6月 |
鹿児島大学第二内科入局 2年間の一般内科研修後、第二内科循環器グループにて循環器病の臨床、研究に従事 |
| 昭和60年7月 |
社会保険小倉記念病院にて、虚血性心臓病、特に冠動脈造影、冠動脈形成術の臨床学習 |
| 昭和61年 |
鹿児島大学第二内科にて冠動脈造影検査、冠動脈形成術を中心に従事 |
| 平成4年 |
国立南九州中央病院(現国立病院九州循環器病センター)第二循環器科医師として従事開始 |
| 平成8年4月 |
同第二循環器科医長に昇進 循環器病(特に狭心症、心筋梗塞など虚血性心臓病)の診療に従事 ※年間、約350例の冠動脈造影および約200例の冠動脈形成術、約30例の恒久的ペースメーカー埋め込み術の経験 あり |
| 平成14年6月 | た
ちばな循環器科いいやま病院副院長就任 |
■所属学会
| 日本内科学会 |
| 日本循環器病学会 |
| 日本心臓病学会 |
■資格
| 日本体育協会公認・スポーツドクター |
ドクターたちばなの素顔
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ドクターたちばな、 ”たっちゃん”です。 私がみなさんを診療します。 |
| 氏名 |
橘裕紀(たちばなひろき)です。 |
| 生年月日 |
1957年(昭和32年)2月11日です。ちなみ
に、昔の紀元節、現在は建国記念日です。めでたい、、めでたい。 |
| 干支 |
え~~と、って。酉(とり)年です。 |
| 星座 |
泥瓶座、いや、水瓶座です。 |
| 血液型 |
B型Rh+。有名な?B型です。 |
| ニックネーム |
国立病院時代から、”たっちゃん”です。呼んで
ね。 |
| 趣味 |
スポーツ全般、特にサッカーかな。 |
| 特技 |
これといったものはなし。強いて言えば、”診
療”。 (^^;; |
| 仕事での心がけ |
1.時間を惜しまない。 (公務員時代に比べたら、たっぷり診療時間はあります。) 2.過剰診療はしない。内服薬は最小限にする。 3.症状の経過を必ず聞く。 (特に初診時の経過は観察する。) 4.自然科学者として、医療行為を行う。 (民間療法、オカルト的な治療は好まない。) |
| 自分で思う長短所 |
1.仕事上では、日々の診療業務は熱心だが、医療
経営的には、 少々難あり。経済観念ゼロ 2.唯我独尊的な部分あり。 (年齢とともに少しは改善してるかも。) 3.自分にも厳しいが、他人にも厳しい。 (人には優しくしたいなぁ。) |
| 患者さんへのメッセージ |
人間ですから、病気になるのは避けられません。病
気になって患者さんと呼ばれるときには、利口な患者さんになりましょう。 ★利口な患者さんの条件 1.自分の病気をよく知っている。 2.やみくもに薬や注射を要求しない。 3.病気は自分で治すという強い意志をもつ。(医者はお手伝いするだけですよ。) 利口な患者さんはよい病院を選びます。 ★よい病院の条件 1.新しい、古いに関わらず清潔感のある病院、特に外来。 2.張り紙の少ない病院。 3.常勤医が責任を持って診察し、採決結果やそのほかの検査 結果をきちんと説明する病院。 4.治療経過の説明があり、経過を心配、気にかけてくれる病院。 5.専門外の病気はきちんと専門医を紹介してくれる病院。 この情報社会でも、一般の人にとっては、病院の診療の善し悪しの情報を手に入れることは難しいと思います。今後第三 者による病院評価も進むと思いますが、現状では、人の噂や実際に受診したときの印象で感じるしかないでしょう。 |
| 今後やってみたいこと |
スポーツ医学(トップアスリートではなく、市民ア
スリートのスポーツサポート)。スポーツを利用した予防医学。 |
| 職業に関しての抱負 |
患者さんと接するのが嫌になったら、医療行為をや
めます。循環器救急疾患を担当していた国立病院時代に比べて、外来診療時間は有り余るほどあります。しっかりと診療
します。 |
| 勤務に関するエピソード |
病院の場所柄、鹿児島大学の学生さんも多く来られ
ます。中には診療費が払えなく、外来でギターを弾くから・・・・という学生さんもいました。(クラシックですが) ちなみに、彼は後日、バイト代が入ったらすぐに払いに来てくれました。彼は元気に過ごしてるかな? |
| その他 |
このホームページをご覧になったら、「見ました
よ」って言ってください。もっと元気がでます。 |

